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  • グッドニュース新聞編集部

お人形さんの名は?

 先日、叔母が亡くなりました。訃報を聞いた私は、みんなで叔母を見舞いに行った日のことを思い出しました。

 あの日はたまたま、母とその姉妹二人が顔を合わせ、せっかくだから叔母を見舞おうという話になったのです。そばにいた私もまた、ドライバー役として駆りだされました。

 叔母は、母の一番上の兄の妻にあたる方です。嫁いできてからは、しっかり者の嫁として、本家を長年にわたり支えてくれました。大柄で豪快な女性でした。二人の幼い子どもを

水の事故で亡くし、晩年は夫にも先立たれ、ずいぶんと寂しい思いをしたはずです。その後は、認知症を患ってしまい、ひとり施設で暮らしていました。

 田んぼが広がるのどかな道を抜け、少し山をのぼったあたりに、叔母の住む施設はありました。認知症が進んでいるとの噂は聞いていましたが、叔母には私たちが誰なのかさえ、まったくわからない様子でした。けれども久しぶりに集まった母たち三姉妹は、そんなことなどおかまいなしに姦しく楽しげでした。

 叔母は、私たちのことなど気にもかけず、体長60センチほどの愛らしい西洋人形を胸に抱き、しきりに話しかけては、愛おしそうに頭をなでていました。看護婦さんの話では、大好きな人形を片時も離さないのだそうです。様子に気づいた母が、「かわいいお人形さんね。お名前はなんていうの?」と問いかけました。叔母はうれしそうに顔を上げると、にっこりと微笑んで答えました。

「……トミオ」

 騒がしかった三姉妹は、虚を突かれて静まりかえり、ややあって、部屋ははじけたような爆笑に包まれました。トミオ――つまり富雄とは、叔母の夫、三姉妹の兄の名だったのです。かわいい人形とは似ても似つかない顔が思い浮かんでか、おかしさもひとしおです。三人は、笑って、笑って、笑うだけ笑い合い、やがて寄り添いながら、肩を震わせ泣きはじめました。

 その後、叔母は、認知症のほかはとくに病に臥せることもなく、95歳で眠るように旅立ったそうです。すべてを忘れたあとでさえも、最も大切な人の名だけは決して忘れなかっ

た叔母――。その冥福を祈りたいと思います。   


(東京都・会社員・やっちゃん・61歳)


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