
グッドニュース新聞編集部
変わらない日々のなかで
若い頃、通勤に利用していた駅は、今でこそ立派になりましたが、当時はこじんまりとした古い建物でした。改札の手前には、よく利用する売店がありました。箱の上に色褪せたベニヤ板を乗せただけの、たんなる台でしたが、雑誌や漫画、タバコやガムなどが所せましと並べられていて、地元の人には重宝がられていたものです。商品の向こう側には、80歳は超えているであろう女性が、休みなく雨の日も、雪の日も、背中をまるめて座っていました。
あの頃の私は、通勤時に漫画を読むのが楽しみで、毎朝欠かさずそこで購入していたので、女性とはすっかり顔なじみでした。毎朝、「行ってきます」「行ってらっしゃい」とあいさつを交わしたのち、電車に乗るのが常で、目当ての漫画が売り切れの時でも、私の顔を見ると、「取っておきましたよ」と台の下からこっそり取り出してくれます。そんな心遣いがたまらなくうれしかったのを覚えています。
ある日のことです。いつもですと、会社から帰る時間帯には、売店はやっておらず、台は壁ぎわに寄せられているのですが、なぜかこの日はそのままになっていました。よく見ると張り紙がしてあって、「本日、母は仕事から帰って、食事をすませ、そのまま眠るように亡くなりました。皆さま、長い間ご愛顧をいただきまして、ありがとうございました」。
驚きとともに、今朝、「行ってらっしゃい」と言ってもらったときの笑顔が目に浮かびました。そして、不謹慎にも羨ましいと感じたのです。
あの張り紙を見て、いったいどれほどの人が、彼女を思い、その死を寂しく感じたことでしょう。最後の最後まで、人や社会と関わり、いつもと変わらない日常の中で静かに終わりを迎えた人生を、羨ましいと思わずにはいられませんでした。
この女性は今も私の目標です。
(新潟県・会社員・かたつむり・50歳)