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  • グッドニュース新聞編集部

編集後記

 私には、夏が来ると必ず思い出す出来事がある。34年前、21歳の夏の話。55歳になった今も、まだその夏は終わっていない。

 当時、大学生だった私は、手痛い失恋を経験してひどく落ち込み、同時に強いはずだと信じきっていた自分がそこまで打ちのめされているという現実に、自我さえもが揺らいでしまっていた。夜も眠れず食事も喉を通らず、このままじゃいけないと思いながらも出口のないトンネルを歩き続けているようで苦しかった。ただ歩く一歩でさえもが辛かったのだ。今考えれば、苦しみはすべて自分の思い上がりに過ぎなかったが、当時はそんなことにも気づけず、どうしようもなくて旅に出た。なぜかと聞かれても若気の至りだとしか説明できないが、とにかくローラースケートで旅に出た。三重県から北海道に渡り、ローラースケートで帰ってくる旅。駅、軒先、橋の下、バス停、公園、あらゆる場所で野宿した。駅などはホームレスの方の縄張りが優先なので気をつけなければならなかったが、「おまえ、いいやつだな」と歓迎され、彼らと酒を酌み交したこともあった。

 言うまでもないが、日本の道路はローラースケート用に整備されていない。だから、復路1200キロの多くは歩くことになった。スペアとして用意していたリュックの中の約20キロの替えローラーを捨てた。そのとき、人はいらないものを背負って生きているのだと知った気がした。

 歩いていると、峠の果物売りのおばちゃんが「これ持ってけ」と桃やブドウをくれた。ただすれ違っただけの人が、あとから自転車で追いかけてきて缶ジュースを持たせてくれた。重くて仕方なかったが、涙が出るほどうれしかった。足を痛めて歩いていたら、ダンプカーのおじさんがしばらく私を守るようにゆっくり走ったあと、「見てられねぇから乗ってけ」と言ってくれた。遠慮したが、その言葉に支えられた。ある町の中華料理店で昼食をとっていたら、頼んでもいない餃子が出された。理解できないままお皿を見つめていたら、「あんた昨日、国道をローラースケートで走ってたやつだろ。応援するよ、それはおごり」。餃子を見て泣いたのはそれが最初で最後だと思う。

 まだまだ書き尽くせないエピソードはあるが、気づかなかっただけで人生は奇跡と感動に満ち溢れているのだと教えてくれた旅だった。そこから私は大学を辞めて芝居の世界に飛び込んだ。

 ――あの夏の続きを信じて。 


(本紙編集長・野村幸廣・55歳)


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