- グッドニュース新聞編集部
花鳥風月
花鳥風月――。美しいと感じるものは、花から鳥、風、そして月へと、歳をかさねるごとに移りゆくと聞いたことがあります。
当時、同居していた祖母が介護施設に入り、体調も落ちついていた頃のことです。自宅の電話が鳴り、出たところ聞きおぼえのある声がしました。祖母でした。
「今日の月は見た? すごくきれいよ」
庭に出て空を見上げると、夜空に、それは大きな金色の月が、ほんの少し重たそうに浮かんでいました。
一緒に暮らしていた祖母が、別の場所から電話をしてくることに、不思議な感覚をおぼえました。そのせいでしょうか、あの月の印象がいまでも忘れられません。
それからの私は、空を見上げるのが日課になり、月がきれいな日は祖母に電話で報せました。
欠けた月、金色の月、オレンジの月、少し不気味な色をした月――。
電話は、いつも一分ほどの短いものでした。でも……父や母さえ知らないそのやりとりは、祖母と私だけのとても大切な時間だったのです。
数年後、会話もままならなくなってからは、さすがにそうした交流はなくなりました。大事な思い出のはずなのに、忘れて久しいある日、祖母は息を引きとりました。
日々の生活に追われるなか、私は予定より十日も早く男の子を出産しました。奇遇なことに、それは祖母の命日でした。生まれたわが子を見た私は、ふと祖母と交した月の話を思いだしたのです。
「あぁ、なんで忘れちゃってたんだろう……」
いつか、産まれたこの子とともに月を眺め、祖母の話をしたい。そう思います。きっと彼には、まだまだ月の美しさはわからないだろうけれど。
(愛知県・あさくらさん・絶賛育休中・39歳)